カルピスバターとサンルスー
- vivstudio
- 10月22日
- 読了時間: 4分
食の雑誌『dancyu』から、カルピスバターの取材撮影のお話をいただきました。

そう言えば、私のバター人生は、ずうっとカルピスと共にあったような気がします。完全に履き違えていることは百も承知の上で、まるで私のためにあるような取材です(でも、取材を受けたのはシェフ金子です)。
家賃3万円の風呂なしアパートに住んでいた貧乏学生の頃から、背のびして「バターはカルピス一択」でした。それは何故なのか? 理由は簡単、抜群に美味しいからです。当時はバブルの少し前で、浮かれた雰囲気もあったのかもしれません。
高級なものに酔いしれて、世の中がブイブイ言ってる感じでした。バターに関する贅沢は、学生の身分の私でも、何とか手の届く贅沢でした。バブルなんて全く関係ない分際で、背のびした高級感あふれる味わいに、何とも言えず幸せな気持ちになったものでした。
カルピスと言えば、子供の頃、夏に飲むとっておきの飲み物でした。お中元でカルピスが届くと、送ってくださった人のことを「この人はすごくいい人だ」と絶対的に信頼したものです。
そうそう、今でもファミレスに行った時、ドリンクバーで最初に飲むのは絶対にカルピスソーダです。子供の頃の「とっておき」の感覚が蘇ってしまうのです。

撮影の打ち合わせで、編集の方やライターさんたちと話している時にわかったことがあります。皆さん、サン ル スーで使うカルピスバターはテーブルバター(パンにつけるためのバター)と思われていたようですが、サン ル スーでは調理に使うバターも、すべてカルピスバターのみ。
(ちなみに、撮影では家庭で使いやすい有塩バターを使用しましたが、サン ル スー では食塩不使用のカルピスバターを使っています)
それを食のプロの皆さんがとても驚かれていたのを目の当たりにして、いちばん驚いたのは他ならぬ私です。

やはりカルピスバターは高価なので、テーブルバターと調理用バターは使い分けるお店が多いとのこと。店を始めて30年、そんな重大な真実、初めて知りました。
打ち合わせ後、すぐさまシェフ金子に「ねえ、ちょっと! 普通はカルピスバターって調理に使わないの?」と聞くと「値段的に高いからそうだろうな」と、全く無責任な答えが返ってくるわけです。
日々高い原価率と支払いに頭を悩ませてウンウンうなっている私に向かって、いったい、どの口が言ってるんだろう?
「確かに高いけどさ、実際に使ってみると文句なく旨いし、それに慣れちゃってるから、これ以外、考えられないんだよね」 ですって! おめでたいにも程があります。
でも、3万円の風呂なしアパート住まいの学生の頃から、分不相応にカルピスバターを使っていた私なので、文句は言えません。どっこいどっこいってことで。

3月のとある日の夜、大分県出身のお客様が「大分のしいたけは日本一だよ」 と、帰省から戻られたその足でサン ル スーを訪れ、「日本一のどんこ」をお裾分けしてくださいました。
早速、スーシェフ香田がどんこにカルピスバターを乗せてオーヴンで焼き、しょうゆをちょっとかけて、皆でいただきました。その美味しいことといったら、今でも忘れられません。まだ後片付けの最中でしたが、思わずビールを飲んでしまいました。
お気に入りのワインバーで食べさせてくれる「しらすのブルスケッタ」も、今や我が家の定番です。スライスしたバゲットにカルピスバターを「塗る」のではなく「乗せて」、たっぷりのしらす干しを乗せたものです。
しいたけ焼きといい、ブルスケッタといい、シンプルな調理法だからこそ、余計に素材の素晴らしさが発揮されるようです。

シェフ金子が仕事中、小腹が空いた時に、サン ル スーのパン・トラディショナルに切り込みを入れて、バターと生ハムとグリュイエールチーズを挟んで食べる「お手軽カスクルート」も、「そういうもの食べるから太るんだよ」と言いながら「なんか、美味しそうだなあ」とつい心の中で思っています。
先日、毎月いらっしゃるおなじみのお客様が、食事が終わったタイミングで、バターをご注文されました。「おもしろいことするな」と思っていたら、「ワインが少し残っているから、パンにバターをつけて残ったワインを飲む」のだそう。
「今日、なんでこんな注文をするかと言うとね、『バター』という小説を読んだら「サン ル スーに行ったらこれをやりたい!」とずっと思ってたんだよ」とおっしゃる。心憎いことをするなあ。
豊かな気持ちになりたくて、私もその小説をすかさず取り寄せ、寝しなに少しずつ読もうとページを開くわけですが、知らないうちに眠りについていて、まだ3行しか読んでおりません。本当に情けないったらありません。

バターって「美味しい」と「太っちゃ困る」の間で、いつもいつも葛藤があります。
「人間、いずれ死ぬんだから美味しいものを食べた方が絶対いいんだよ」と、何だか説得力のないことを言うシェフ金子。こうして我々はいつも「美味しい」幸せの道を選んでしまうのです。






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