7月末から店の休業を決めたのは、我々にとってフランスへ修業の旅に出る時と同じ一大決心でした。清水の舞台から飛び降りるような気持ちだったのです。
私は今も「罪悪感」というシールを背中に貼られたような思いでいますが、「こういう時間も俺たちには必要なんだよ」とシェフ金子、相変わらず能天気です。
懐の深いお客様が「勇断ですね。ゆっくり休んでください」と優しい言葉をかけてくださいましたが、長年の労働が染み付いた体には、ゆっくり睡眠をとったり、読書をしたり、映画を観たり、じっくり人生について考えたりといった優雅な時間の過ごし方は、どうやら向いていないようです。
貧乏性が習い性で、もったいなくて寝坊などしていられません。だいたい、これからの人生について考えたりしたら真っ暗になることだらけなので、考えない方がよさそうです。
休業中の過ごし方のテーマは「店と自宅の大掃除、家でのごはん作りに邁進する」と決めました。
飽きっぽいので、店と自宅を交互に大掃除です。長いこと気になっていたのに手をつけられなかった場所が次々ときれいになっていくのは、なんとも気持ちがいいものです。

そして大好きなごはん作り。腰を据えてごはん作りをすることにずっとずっと憧れていたので、旅行も外出もできない今、ちょうど念願叶うこととなりました。
作りたいもの、作ってみたかったものが盛りだくさんで、日々の食卓で爆発しているわけですが、さすがに毎日毎日作り続けていると、食べるのがだんだん苦痛になってきました。
そういえば、昨年5月の緊急事態宣言中にテイクアウトを買ってくださったおなじみのお客様が、「自分の味に飽きちゃって」とおっしゃっていました。それを聞いた時、「私もそんなことを言ってみたい!」と心からうらやましく思いましたが、今の私にはその気持ち、よくわかります。
朝昼兼用のブランチを食べながら、私が「今晩何が食べたい?」と毎度聞くので、しまいには「食べてる時に次の食事のことを聞くのはやめてくれ!」と苦情をもらうことに。
「なんだか最近胃が重いから、今夜はさっぱりしたものにしよう」。そう決めて店番と大掃除をしているシェフ金子から、夕方近くに電話がかかってきます。

「今晩はさっぱりとそうめんにしよう。あ! 天ぷらも忘れないでね」。ちっともさっぱりしていません。
「今日は軽く麻婆茄子がいいな」。全然軽くありません。
どう見ても洋風ごはんを作っているのに、「もやし炒めが食べたいな」と私のプライドをズタズタにします。
テレビで餃子特集をやっていれば「餃子旨そう。明日は餃子にしよう」と、翌日は餃子ディナー。
「食べたいものがわからない時はカレーに限る」。なら食べなきゃいいのに、食事を抜くのがもったいないと思うこの性分。
こんな毎日を送っているうちにどんどん体が重くなり、横綱級に大きくなっていく我々なのでした。
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