かれこれ30年(!)ほど前のことですが、夫婦2人でフランスへ修業の旅に出ました。休みのたびにさまざまなレストランで食べ歩き、結果、サンルスー(一文無し)になってしまったわけですが、これは何物にも代えがたい貴重な経験になりました。
なかでもフランスの食文化の豊かさをしみじみと感じたのは「チーズワゴン」です。全く未知のキョーレツな匂いのチーズたち。一応見栄を張って食べてはみたものの、当時の我々には正直言っておいしいんだかなんだか、さっぱりわかりませんでした。
1995年にサンルスーをオープンしたとき、わずか12席の店の分際でどうしてもチーズのプラトーを置きたくて(店が小さすぎてワゴンは到底無理だった)、常時15種類以上のチーズを用意していました。全く採算は合わなかったけれど、チーズ好きのお客様が喜んでくださるのが嬉しくて、「ま、いいか」と。
長年そうやってきましたが、今年になりOBENTOYAサンルスーに専念するにあたって、どうしても赤字になってしまう「チーズ盛り合わせ」を、メニューから外す話が出ました。スーシェフ香田は残念がっていましたが、このコロナ禍の中、悠長なことは言っていられず、強行突破で決定。
その後、チーズ好きのお客様から「チーズも売って欲しい」というお声が多数あり、気持ちが揺らいでいるところに、取引先のチーズ屋さんからご連絡がありました。
「コロナ感染拡大の影響で、チーズが過剰在庫となっております。よろしければご協力いただけないでしょうか?」
本当にハッとしました。我々の仕事は、喜んでくださるお客様と、そして優良な業者さんがいて、初めて成り立ちます。
長引くコロナのために、長年お付き合いしてきた業者さんが廃業したり、事業を縮小・撤退したり、それによって担当者が退職することになったりと、悲しいことがいくつも起きました。聞くたび心を痛めていたのに、いざ自分が窮地に立たされると、保身ばかり考えていたことを心から反省しました。
そもそも我々は、もともとサンルスー(一文無し)。何が起きても怖くないはずでした。チーズ屋さんにとって、サンルスーとの取引なんて本当に微々たるものですが、やはり持ちつ持たれつ。さっそく仕入れることに決まり、チーズ盛り合わせがメニューに復活。
世の中には、チーズ好きなお客様のほかに、興味はあってもハードルが高くて未体験だったお客様も、たくさんいらっしゃることがわかりました。リピート率が高いことも驚きでした。
チーズは私の業務の範疇なので仕事は増えるし、やはり採算も合わないけれど、なんだか皆さんがとても喜んでくださるので……「ま、いいか」と。
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