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このアイスクリームだけは


サンルスーには、オープン当初からずっと存在し続ける不動の定番メニューがいくつかあります。その1つが「フランジェリコ風味の牛乳のアイスクリーム」。実はこれ、地味にファンの多いアイスクリームで、普段はスイーツを召し上がらないいわゆる酒呑みのお客様も、好んでご注文くださるデザートです。


最初はデザートに添えるアイスクリームとしての登場でしたが(シェフ金子「俺、デザートにはアイスクリームがついてないとダメなんだよね」といつも言っています)、「このアイス、1人で3個食べたい」というお客様のご要望から、一品としてメニューに昇格しました。



1980年代後半のバブル期まっただ中の日本で、当時最先端だったベイエリアの洒落たレストラン。どういうわけかシェフ金子がそこで働いていたとき、同じ店にバーテンダーのKさんがいました。とにかくおしゃれでカッコいい人で、ぼんやりして野暮ったいシェフ金子とは全くタイプの違う人でしたが、妙にこの2人、気が合っていたようです。


酒好きだけど甘いものも大好きなシェフ金子、顔に似合わずカルーアミルク(当時ディスコで大流行りでした!)がお気に入りで、それを知っていたKさんが「これ、絶対おやっさん(シェフ金子のこと)、好きですよ!」と教えてくれたのが、イタリアのヘーゼルナッツのリキュール、フランジェリコです。シェフ金子、たちまちフランジェリコの虜になって「これ、アイスクリームにしたら絶対旨い!」とピンときたそうです。


その後何年かしてサンルスーをオープンした際、真っ先に作ったのが「フランジェリコ風味の牛乳のアイスクリーム」でした。お客様からも「このアイス、どこで買ってくるんですか?」とよく聞かれました。


Kさんもたびたびサンルスーに食事に来てくれました。あんまり素敵な人なものだから、Kさんが来る日は、私なんて店の掃除そっちのけで、自分の身づくろいを丹念に整えたものです(もちろん、Kさんはパートナーとご一緒です)。


でも、このKさん、とてもとても繊細な人で、ある日、自ら命を絶ってしまいました。


あんなに落ち込んでいるシェフ金子を見たのは初めてでした。告別式の日が店の定休日だったので葬儀には参列できたものの、我々の仕事はご予約でご来店いただくお客様商売。お通夜に伺うことがどうしても叶いませんでした。


日頃、「悩まない、後悔しない」がモットーのシェフ金子もさすがに「このときほど自分の仕事を恨んだことはない」と言い、今でもお通夜に参列できなかった不義理を悔やんでいます。


メニューに関しては全くもって気まぐれなシェフ金子、いくら人気メニューでも、お客様からのご要望が多くても、本人が「違う」と思うとさっさとメニューから外してしまう困った性分です。


でも、「フランジェリコ風味の牛乳のアイスクリーム」ファンのお客様、どうぞご安心ください。「俺はKのために、このアイスクリームだけはずっと作り続ける」のだそうです。シェフ金子の中では、特別な思いも込めているようです。


私もこのアイスクリームを「おいしい!」と言ってくださるお客様がたくさんいらっしゃるのが本当に嬉しく、 そして同時にKさんのことを思い出して、とても切ない気持ちになるのです。

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