ドミニクのナヴァラン・ダニョー

1990年代初め、フランスに修業の旅に出た我々。ロワール地方のとんでもない田舎にあるシャトーレストランで一時期働いていました。


スタッフのほとんどは地元の人で、日本人は見るのも話すのも、ましてや一緒に働くのも、おそらく初めての人ばかりだったと思われます。


フランス人はとにかくいたずら好き。物珍しい日本人をからかって楽しむところもありました。でも、ここでめげてはいけません。それをおもしろがるくらいでなければ、異国の地では生き延びられないのです。


そのレストランに、ドミニクというバリバリの地元っ子料理人がいました。スタッフの中でいちばんのいたずら好きのやんちゃ者です。彼らにとって未知なる日本語をヘンテコに使って「チエミサン、オアヨ」(フランス人はHの発音ができないのです)。仕事中も「カネコサン、アラキリ」とか言って、包丁の刃を自分のお腹に向けたりしてふざけます。日本の厨房だったら、間違いなくシェフから大目玉です。


もう1人いた日本人の修業仲間と話していると「ケスキスパス、ケスキスパス?(なになに? 何が起きたんだ?」と、とにかく何かにつけて我々にちょっかいを出してきます。我々日本人をちょっと下に見てからかうクセに、ドミニクの乗っている自慢のバイクはKawasakiの「バイクニンジャ」でした。


フランスでは、日本のバイクがすごい人気です。ある休日、スタッフの車に乗せてもらって数人で街へ買い出しに行ったとき、偶然バイクで通りかかったドミニクが我々を見つけました。


得意のやんちゃ心で追いかけてきて、車に向かっていろいろ挑発してきます。さらに我々の車を追い越そうとした瞬間、バイクは派手に転倒! 車内の皆は思わず「ブラボー!」と手を叩く……何かと小憎たらしいけど憎めない人でした。


このドミニク、この私が言うのも誠に失礼ながら、料理人としての仕事は何をやっても不器用で、はっきり言ってからきしダメでしたが、彼が作るまかないで抜群においしいものがありました。



それが「ナヴァラン・ダニョー」です。これは一言で言えば、ぶつ切りにした仔羊肉をトマトと白ワインで煮込んだもの。蕪が入るのがほとんどお決まりのようで、ナヴァランの語源は「ナヴェ」(フランス語で蕪)からきているとも言われています。日本でいう肉じゃがのようなもので、ドミニクにとってはおふくろの味だったのかもしれません。


いつものごとく、シェフ金子や日本人修業仲間と、周囲に日本語が通じないのをいいことに「モンチッチにゴリラの顔つけたみたいな顔してるクセに、ナヴァランだけは最高だよね!」とドミニクをほめたたえたものです。


フランスには本当にたくさんの煮込み料理があるけれど、私にとってのナンバー1はこの「ナヴァラン・ダニョー」です。通年作られる料理ですが、春野菜と取り合わせると「ナヴァラン・プランタニエ」と、ちょっと気取った名前に昇格し、春が来ると無性に食べたくなります。


これを食べると、お猿さんみたいな面構えをして、一生懸命不器用な手つきで蕪の皮をむくドミニクの、あの憎めない顔が懐かしく浮かんでくるのです。


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