パリのビストロで

もう15年以上前のことになりますが、高級店が立ち並ぶパリ1区に、とても大衆的な大好きなビストロがありました(どうやら今は閉店してしまったようです)。観光客はほとんど来ない、地元のパリっ子たちに愛されているお店で、ボージョレワインに特化したワイン食堂という感じでした。


パリジャンとパリジェンヌに混じって、ボージョレワインをガブガブ飲みながら、砂肝のサラダやプチサレやらその地方の料理を食べる、明らかに地元民ではない東洋人。その店は、そんな我々の大のお気に入りでした。


日本では間違いなくデブに分類される私より、はるかに恰幅の良いおばさまが、狭いけれど30席くらいはある店内を、一人で切り盛りしています。とにかくものすごい勢いで、店内をテキパキと動き回っていました。


我々の隣のテーブルの素敵なサラリーマンのおじさまが、手をつけずに残していったバゲットのスライス。それを素手でガバッと掴んでポン!と我々のテーブルに置きます。パン好きのシェフ金子のパンが終わっていたのを、おばさま、見逃さなかったのです。


あまりの見事な采配に、ポカンと口を開けて見とれる私にも気づいたおばさま、異国の地で東洋人がおろおろしているように見えたのか、私の腕をむんずと掴み「Ça va?(大丈夫?)」……満席のモーレツに忙しい状況での素晴らしい気遣いに、さらにうっとりと見とれたものです。



そういえば別のパリのレストランでは、なんとも可愛らしいギャルソンが、あるテーブルのパンカゴの中に入っている食べかけのパンの置き方が乱れていたようで、それを白魚のようなきれいな両手で丁寧に持ち上げ、きちんとパンカゴの中に収めている光景も目撃しました。


パンをめぐる2つのこういう行為、日本の飲食店だったらいきなりクレームの対象になりそうですし、お客様の側からしても、まずそのパンに手をつけたくはないかもしれません。人によって解釈の仕方がいろいろあるでしょうが、この2人の親切心から出た行動、我々にとってはとてつもなく素敵な出来事でした。


「あったかくて気持ちがこもっていて、お客さん側と店側の信頼関係で成り立っているこういう店、すごくいいな。これが俺たちの求めている本物のサービスなのかもしれない」とシェフ金子。いつもぼんやりしているのに珍しくいいことを言う、と心底見直したものです。


日本ではどちらかというとマニュアルに添ったスマートなサービスが求められているような気がしますが、接客という自らの仕事を思うとき、特に、モヤモヤした気持ちになったり迷いが生じたりした折に、いつもこの2人のことを思い出すのです。

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