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タルトタタン、秘密の変遷

あるさわやかな気持ちのよい朝、1階の店の前の道路を掃いていたら、通りかかった女性に「おはようございます! タルトタタンは始まっていますか?」と話しかけられました。


「おはようございます。もちろん始まってます!」と答えたのですが、ほうきで掃く間、完全に僧の気持ちで「無」になっていた私は、ポカンとしておりました。


少し経ってから、「あ! Hさんだった!」…お客さまのHさんと気づき、なんだか申し訳ない気持ちになりながらも、朝からこんな素敵なお声がけをいただいて、とても気分のよい一日になりました。



タルトタタン。秋になって、紅玉が出回ると、サンルスーのデザートメニューにタルトタタンが加わります。これもプティポと同様、ご予約時に「キープ」ご指定の多いデザートです。


シェフ金子、やたらと長い料理人人生を送っております。もう40年以上も前のこと、田舎者の若かりしシェフ金子、アップルパイは知っていてもタルトタタンなど知るはずもなく、初めて食べた時は衝撃を受けたとのこと。


以来、かれこれ40年以上作り続けているわけですが、その作り方はかなり変遷を繰り返しているようです。最大の理由は、「紅玉」自体の変化です。


最近の果物の品種改良はめざましく、どんどん甘く、食べやすく、おいしくなっています。紅玉もしかりで、以前は固くてすっぱく、まさにタルトタタンにもってこいのりんごだったとのこと。それが近年では甘く食べやすくなっていて、初期の頃と同じように作ると、りんごが溶けてしまうのだそう。


4週間ごとの日曜日にきっちりとご来店くださるお客様、Oさんは大のタルトタタン好き。タルトタタンが始まると、季節が終わるまでずっと、ご夫婦ともにデザートはタルトタタン一辺倒です。


ある日、「いつもおいしいと思って食べているけど、今日のは今まででいちばんおいしい!」と言ってくださいました。仕事が終わった深夜、一杯やりながらシェフ金子に伝えると、「またちょっと作り方、変えたんだよ」とのこと。


どう変えたのか聞いてみると、その詳細はうんざりするほど面倒で、ちっともおもしろくないので割愛させていただくわけですが、無口な性分なので話したがらず、それを聞き出すのは大変でした。とにかく、1台を焼き上げるのに丸2日かかるので、手のかかるデザートであることは間違いありません。


そんなにちゃんといろいろ考えて作っているなら、そう言ってくれれば、この私めがお客様にレクチャー申し上げるのに、「全くもってこの人、不器用で損な人だな」と歯がゆく思うわけです。でもよく考えてみれば、自分がお客様の立場で、こっちが全然聞いてないのに滔々と能書きを聞かされるのは不得手です。なので「ま、致し方ないな」と。


「料理全般に言えることだけど、こういう『普通のもの』をおいしく作るって、毎日の積み重ねが大事。いつもOさんご夫妻がタルトタタンを楽しみに来てくださるから、もっとおいしく作りたいと思うし、その変化をちゃんとわかってもらえるから、本当に作り甲斐がある」んだそうです。


私がいくら言ってもちっとも言うことを聞かないのに、「お客様の力って、なんて偉大なんだ」とタルトタタンを通してしみじみ思う私なのでした。

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