シェフ金子と私は、ともに地方出身者です。東京に対する憧れが強い筋金入りの田舎者で、高校を卒業してそれぞれ仕事のため、進学のため、満を持して上京して参りました。
我々のフランスでの修業先はすべて地方でした。パリだと自分でアパートを借りなければならないのですが、地方だとほとんど牢屋みたいだけれど部屋を与えてもらえるのです。
田舎者、考えることはフランスに来ても同じで、都会への執着が強く、ことあるごとにパリに行っては買い出しや食べ歩きをしました。やはりパリは特別な場所です。街そのものが美術館のようで、うっとり見とれて歩いていると、よく犬の落とし物を踏んだものです(今はどうかわからないけれど、フランス人は飼い犬の落とし物を片付けないんですね)。
パリの厨房器具屋さんで買い物をした後、よく行ったビストロがありました。オニオングラタンスープ、ポトフ、プーレ・オ・ロティなど、ビストロメニューの定番が満載で、気軽な雰囲気も大好きでした。オニオングラタンスープなど、チーズが厚さ5cmくらいものっていて、オニオンスープに到達するまでに本当に難儀したものでした。
このお店では、必ず食べる前菜がありました。「ニシンの燻製のマリネ じゃがいも添え」です。何度食べても飽きることがありませんでした。
「もらった」メニューを自分の中で消化するのは、シェフ金子の得意技。サンルスーをオープンしたとき、早速この一品もメニューに仲間入りさせたわけですが、ニシンの入荷が安定しません。運よく入荷できても、その小骨の多さにすっかり音を上げてしまいました。
そこで目をつけたのが、鮮度抜群で入荷も安定している「三崎のアジ」でした。アジで有名な沼津出身の私は、アジにはひとかたならぬ思い入れがあるのです。
アジで作ってみたこの一品、通称「アジくん」は、ファンのお客様が続出しました。どういうわけか、注文時に「いつもの」と言えばこの「アジの燻製のマリネ 温かいじゃがいも添え」のことなのです。
シンプルな見た目と違って、出来上がるまでにわりと時間と手間のかかる前菜で、一晩塩漬けしたアジを脱水し、5時間冷燻してから上等なオリーブオイルでマリネするのですが、そのオイルを惜しげもなく使うので、経理担当の私は毎度ヒヤヒヤしています。
料理をあまりこねくり回さない、直球勝負のシェフ金子らしい一品が定番に加わり、もう二十数年経ちました。「アジくん」、今日も健在です。
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