フランス厨房のマカナイ
- vivstudio
- 5月21日
- 読了時間: 4分
更新日:6月8日
我々がフランスへ修業の旅に出掛けたのは、思い起こせばもう30年以上も前のこと。自分の中ではちょっと前ぐらいの感覚ですが、冷静に計算してみると、あまりに昔すぎて我ながらびっくりです。

シェフ金子は19歳からずっとフランス料理をやってきたので、少しでもいいから本場フランスで修業をするのが夢でした。それをなんとか果たしたわけですが、 私ははっきり言って「グリコのおまけ」です。
特にフランスやフランス料理に興味があったわけでもなく(というより、ほとんど興味がなく)、「あんたが行くんだったら私も行こうっと!」といった、若気の至りの軽い気持ちでくっついて行きました。
そんな感じで何の知識もなく、フランスのレストランの厨房でフランス人の中に混じって働き始めた私ですが、何が驚いたって、マカナイで食べる食事が「え?こんなに地味なの?」と目を疑うほど簡素なものだったことです。 私が持っていたフランス料理のイメージとは全くの別物でした。
まず前菜を食べて、次にメインディッシュと付け合わせの野菜が登場。ブツ切りにしたバゲットがドンとカゴに盛られているか、またはまるごと1本テーブルに置かれていて、それを自分の食べる分だけちぎって、隣に回す。パン食いのフランス人は、パンできれいにお皿をぬぐって食べていました。もちろんこれは我々の食事の形態にもなりました。
メインを食べ終わるとデザートとエスプレッソのお出ましです。これに安物のワイン(たいてい赤)が付きます。ワインは水で割って飲む人もいて、我々も真似て量を増やしたものです。
こう書いていると何かすごいご馳走のようですが、マカナイとして出てくるのは、例えば前菜ならウフ・マヨ(ゆで卵にマヨネーズを添えたもの)、サラド・ド・コンコンブル(きゅうりのサラダ)、サラド・ド・ベトラブ(ビーツのサラダ)みたいな感じ。私はとりわけ、このビーツのサラダが大好きでした。
メインディッシュはプーレ・ロティ(ローストチキン、シェフ金子はこれがいちばん好きだったと今でも言っています)にゆでた米(フランスでは米は野菜という認識です)、ステーク・フリット(バヴェットステーキにフライドポテト)といった具合。
私にはどうしても苦手なものがあって、それが「アンデュイエット」(豚の内臓のソーセージ)でした。マカナイ担当がこれを焼いていると厨房中にこの独特の匂いが漂い、「今日はアンデュイエットかあ」と絶望したものです。
そういえば、前菜にもひとつ受け入れ難いものがありました。有名な「ブーダン・ノワール」(血のソーセージ)です。周囲に日本語がわからないのをいいことに「何で私がこんな鼻血のかたまりを食べなくちゃいけないんだろう?」とブーブー文句を言いながら「俺は好きだよ」と通ぶるシェフ金子の皿に素早くスライドさせたものです。
アンデュイエットやブーダン・ノワールは、フランス人でも苦手な人がけっこういて、「ふうん、フランス人でもこういうものは誰でも好きなわけじゃないんだ」と意外な思いにかられました。
ロワール地方の田舎のシャトーレストランで働いていた時、とびきり新鮮な小ぶりの鯖が入ってきて、それを現在は軽井沢でフランス料理店を営んでいる盟友(「シェ・草間」の草間シェフです)とシェフ金子が、「マカナイは〆鯖にしよう!」と、〆鯖を作って前菜に出したことがありました。
すると、フランス人たちは口を揃えて「デギュラス!!」(スラングで「本当に汚い」とか「最低」の意味。あんまり使っちゃいけない汚い言葉です)。最高のけなし言葉をいただきました。皆が気持ち悪がって食べないので、「ねぇ、ラッキーじゃない?」「フランスでこんなに旨い〆鯖が食べられるなんて最高だ!」と、3人ですべて美味しくいただきました。
マカナイでは必ずデザートとエスプレッソが出てくるわけですが、デザートと言ってもカップのヨーグルトだったり、りんごだったりと本当に簡単なものです。
ナントのレストランで働いていた時は、スーシェフのオリヴィエがおしゃべりをしながらペティナイフを使ってデザートのりんごの皮をむき、ひと口大に切ってそのまま口に入れる姿を見て、「フランス人の食事をするスタイルって、なんて格好いいんだろう!」とうっとり見とれてしまいました。
なんてことのない普通の食材を、手間をかけずに作ったシンプルな食事。でも、前菜・メインディッシュ・デザートの形がきちんと確立されていて、なんとも贅沢な時間が流れていく。主役の中心はおしゃべりと、食事に費やすたっぷりの時間。フランスの食の深さをつくづく思い知らされました。
サン ル スーでほとんどのお客様がご注文されるコース「ムニュ・グルトン」は、前菜・メインディッシュ・デザートの3本立ての構成です。我々がフランスで体験した数々の心豊かなマカナイの記憶から、我々はこのムニュ・グルトンを心から大切に思い、このシンプルなメニュー構成をこれからも続けていきたいと考えています。
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