我が青春のマイケル
- 7月14日
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6月のある日、話題の映画『マイケル』を観てきました。
閉鎖的な田舎で生まれ育った私にとって、進学のためにやって来た東京は、あまりにも自由で、解放的で、刺激的な場所でした。同じく進学のために上京した高校時代の親友たちと、土曜日の夜は毎週のように渋谷の「ディスコ」に行ったものです(ディスコ……今となっては死語のような言葉ですが、とても懐かしいです)。
目的は、ナンパ(これも死語か?)とかダンスとか、そんな色気のあるものではなく、女性は1500円で、食べ飲み放題でゴハンが食べられることでした。本当に若かりし頃から花より団子、まっしぐらです。初めて知るカクテル、ワインクーラーやカルーアミルク、ソルティドッグなどを飲みながら、すっかり大人の仲間入りをした気分になったものでした。
そのディスコで、マイケル・ジャクソンの「Beat It」や「Billie Jean」がかかると、店内には尋常ではない歓声が沸き起こり、それはそれは盛り上がったものでした。あの異常なほどの活気は、今でも鮮明に覚えています。流行に疎い私は、このディスコでマイケル・ジャクソンの存在を知ったような気がします。
自由で開かれた都会の空気に無限の可能性を感じ、将来自分にどんな人生が待っているのか、バブル前の浮かれた雰囲気も手伝って、ワクワクしたものでした。田舎者独特の発想です。
一方、シェフ金子は当時、料理人人生の真っ只中。1987年、マイケル・ジャクソンがツアーで来日した時に、専属の料理人を探しているとの情報を得て、「マイケル・ジャクソンに会える!」と安易に考え、マイケルが滞在していた「ザ・キャピトルホテル東急」に面接に行きました。
当然ですが、面接の場にマイケル・ジャクソンがいるはずもなく、いらしたのはアメリカ人の面接官と通訳さんのみ。もちろん、あっさりと面接には落ちました。理由は言わずもがな、英語が話せないからです。(面接にあたっての最低条件は英語が話せることでした!)
今現在、万事において何も考えていないように見受けられるシェフ金子ですが、どうやら短絡的で行き当たりばったりのこの性格は、若い頃からきちんと根づいていたようです。
その8年後、我々はフランスへの修業の旅を経て、サン ル スーをオープンしたわけですが、まさか当時はこの性格に苦労させられるとは夢にも思いませんでした。
そんなこんなで、我々にとってマイケル・ジャクソンとは、何か希望を感じる特別な存在でした。今思えばあの当時は、身の丈を超えた夢が持てる時代だったような気がします。
この映画『マイケル』、巷ですごい評判のようですね。最近は人と食事をすると「『マイケル』、観た?」は必ず出てくる言葉です。『マイケル』を観てからサン ル スーに食事に来てくださるお客様もことのほか多く、皆様心なしかテンションが高めです。でも自分が実際に映画を観て、その気持ちがよくわかりました。
SNSでも飲食店のシェフの方々が、映画にとても感動して「ノリノリで仕事をしている」とか「踊りながら仕込みをしている」とか、たくさんアップされているようですが、どうしてうちのシェフ金子は相も変わらずトドみたいだし、牛みたいにのんびりしているんだろう? 本当に不思議で仕方がありません。
「ねえ、『マイケル』、どうだった?」「そうだな、純粋で完璧主義で、もうあんな人は出てこないな」……そんなこと、誰だって知ってます! お願いだから、もうちょっと影響を受けてもらいたいものです。

マイケル・ジャクソンとサン ル スー、全く関係ありませんが、今、私の頭の中はマイケルでいっぱいなので、どうぞお許しください。




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